インタビュー

2026.07.15

29歳でマンション所長に抜擢。31歳の今、規模6.5倍の大型現場に挑む若手リーダーが語る、軌跡と変化。

「年功序列」「所長になるには10年以上の経験が必要」──。そんな建築業界の常識を、数年で打ち破った神田さん。29歳という若さでマンションの現場所長に抜擢され、現在は当時を遥かに凌ぐ大型現場を率いています。 がむしゃらだった若手時代から、印象的だったターニングポイント、そして現在の挑戦まで。オープンハウス・アーキテクトとともに駆け抜けてきた、軌跡を伺いました。

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出演者紹介

  • ゼネコン施工管理 課長代理(所長)

    神田 拓郎

    2019年キャリア採用入社。建設内装の施工管理、サービス業を経て、オープンハウス・アーキテクトへ。マンション施工部隊の初期メンバーとして、東京、福岡、名古屋の現場を経験。29歳で現場所長に抜擢され、現在は前現場の約6.5倍のスケールを誇る大型プロジェクトの所長として、チームを牽引している。

偶然の出会いから始まった、マンション部隊の初期メンバーとしての挑戦

── 2019年ご入社とのことで、どのようなきっかけで入社されたのか、教えていただけますか?

神田:振り返ると、もう7年半ほど在籍しているんですね。前職では建設内装の監督を1年半ほど経験し、全く関係ないサービス業に転職したのですが、やっぱり建築の世界に戻りたいなと考えていた時期でした。
ある日、偶然オープンハウスの方から声をかけられて 「うちで営業をやりませんか」と誘われたんです。「実は前職で建築をやっていたんです」という話をしたら、「それならオープンハウス・アーキテクトでマンション部隊が立ち上がったから、そっちに行ってみないか」と。それがすべての始まりでした。今思えば、不思議な縁で入社したなと感じますね。

── 当時はまだ、マンション部隊自体がまだ立ち上がったばかりだったのですね。

神田: そうですね。私が入社した当時は、マンション部隊全体でも30人ほどの非常に小規模な組織でした。世間的にもオープンハウスといえば「戸建て」のイメージが圧倒的に強い時代でしたから、「マンションもやっているんだ」という新鮮さがありましたね。

何より、すでに出来上がっている組織に入るのではなく、ここからどんどん大きくしていくぞ、という初期から最初から飛び込めることに、魅力を感じました。当時はまだ自分の将来のキャリアステップまでは細かく考えていなくて「まずは目の前の技術者としての仕事をしっかり覚えよう」と、それだけで頭がいっぱいでした。


── 最初の現場は東京だったそうですが、実際にマンションの施工管理として働いてみて、ギャップや苦労はありましたか?

神田: 正直に言うと、最初はずっと大変でしたね。内装の経験はありましたが、マンションが一からどうできていくのか、その全体のプロセスが分かっていなかったんです。現場で飛び交う言葉の意味すら分からないし、今みんなが何の話をしているのかすらついていけない。まずは会話についていき、それを覚えるだけで必死でした。

今だからこそ痛感しますが、建築の現場というのは「段取り」がすべてです。常に先回りして、次の準備をしていかなければいけない。でも当時の私は、次にどんな工事があるのかが分かっていないから、事前の段取りができない。結果としてすべてが後手に回り、最終的に力技でカバーするしかなくなって、しんどい思いをする羽目になっていました。

── その大変な時期を乗り越えられた、日頃のモチベーションは何だったのでしょうか?

神田:関わる人全員が「Win-Win」の状態で、気持ちよく終われるようにしたい、という想いですね。大工さんも職人さんも、みんな仲間であり大切なパートナーです。現場がすべて終わった時に、パートナーさんたちには無駄なロスもなくスムーズに仕事を進めてもらい、何よりきれいな仕事ができたと満足して終わってほしい。そして私たちも、無事故を徹底した上で、高品質な建物を工期内にしっかりと引き渡し、利益を出して終わる。さらに、お客様からも「良い建物をつくってくれてありがとう」と喜んでいただいて終わる。

最後に関わるすべての人たちが「頑張ってよかったな」と笑顔で終われるようにしよう。それが、当時の私を支えていた一番の原動力であり、今も変わらない考え方です。

自身の基礎を築いた、福岡での経験。

── これまで多くの現場を経験されていますが、神田さんにとって最も「今の自分の基礎になっている」と感じる現場はどこですか?

神田:キャリアの中で2物件目にあたる、福岡の現場ですね。東京でもお世話になっていた上司と私の二人体制で、福岡に赴任しました。自分が実質的な「2番手(副責任者である次席)」として、現場を切り盛りしなければならないという、これまでとは全く違う責任感がありました。上司は未熟な私で不安だったと思いますが、辛抱強く「自分で考えてやってみろ」という想いで現場を任せてもらえました。「ここの納まりはどうする」「工程表はこう組み立てた方が全体がスムーズに回るんじゃないか」と、大きな流れを自分で考えて、最後までやりきらせてもらったんです。

もちろん、できないことだらけで当時はパートナーさんにも迷惑をおかけし、失敗も山ほど経験しました。ただ、あの現場でマンション施工の全体像をどさっと任され、自分の頭で考えて動かした経験があったからこそ、技術者としてのベースが完成したと思っています。今でも思い出深い現場ですね。

── 福岡の現場を終えたあと、名古屋へと活躍の場を移されるわけですが、ここでも新しい学びがあったそうですね。

神田:名古屋のマンション事業も急拡大していた時期で、本当にタイミングと縁でしたね。3物件目は次席として入ったのですが、ここでは「品質」という部分に深く目を向けることができました。前の福岡の現場では、とにかく工程や段取りを回すこと、現場を進めることだけで頭がいっぱいだったのですが、全体の流れを一度経験したことで、心に少し余裕が生まれたんです。

赴任先の当時の上司から、図面や細かな納まり、品質管理という専門的な知識を徹底的に叩き込んでいただきました。現場の進め方だけでなく、技術的な視点をさらに一段引き上げていただいた、貴重なステップアップの時期でした。

29歳での「マンション所長」抜擢と、初めて見えてきたもの

── そしていよいよ「現場所長」への抜擢を受けたとのことですが、当時の心境はいかがでしたか?

神田:全く予想していなかったので、本当に驚きました。「そろそろお声がかかるとしても、次の次の現場くらいかな」とぼんやり思っていたくらいで、打診があったのは準備が始まる2〜3ヶ月前。本当に自分で大丈夫なのかなと、プレッシャーと不安が一気に押し寄せてきましたね。当時、東京で同世代の若手所長が誕生し始めたという知らせを聞いて、「負けていられないな」と感じていたものの、いざ自分がやるとなると自信は全くありませんでした。

でも、あるタイミングで「もう、やるしかない」と腹を括ったんです。「まだ20代だから」という気持ちもあって、自分なりに精一杯、全力でぶつかってみようと吹っ切ることができたんです。

それに、同じシリーズで3物件を同時受注していて、他の現場を走らせている所長が、年も近かったんです。横の繋がりが強く、密に情報共有ができたことも、前向きになれた大きな要因でした。

── 実際に「所長」として現場のトップに立ってみて、それまでの次席時代と何が一番違いましたか?

神田:圧倒的な「責任の重さ」ですね。何か事故や問題が起きれば、それはすべて所長である自分の責任になります。その覚悟の重さがこれまでとは段違いでした。

それに加えて、所長になると「お客様(施主様)」や「お金(原価)」との対峙が、一気に業務の中心になってきます。お客様への提案や説明は、今まで所長がやってくれていたことを見ていただけだったので、最初はものすごく緊張しました。ただ、回数を重ねるごとに徐々に打ち解けながら、良い関係を少しずつ築いていきました。

特に意識したのは、打ち合わせに持参する「資料作り」です。建築の難しい話を言葉だけで説明するのではなく、ディテールの絵を描いて視覚的に一目で分かる資料を作るなど、丁寧な見える化を心がけたんです。また、現場をいつも綺麗に保っておくことも徹底しました。お客様がふらっと現場を見にこられた時にも、「神田さんの現場はいつも綺麗だから、安心して任せられるな」と思っていただきたかった。課員の若いメンバーたちが、私の意図を汲んでしっかりと現場美化に動いてくれたので、とても助かりました。

── もう一つの大きな壁である「お金の管理」は、どのように克服されたのですか?

神田:そこに関しては、それまで全く触れてこなかった領域で、本当にゼロからのスタートでした。契約の仕組みや粗利の計算、毎月の支払い額の感覚など、最初は分からないことだらけです。

社内システムの「Optimus(オプティマス)」を使って、他の現場のデータをとにかく見漁り、「大体これくらいの規模だと、これくらいのお金が動くんだな」という感覚的な基準を必死に掴みにいきました。あとはもう、泥臭く数字を一つずつ数えるところから始めて、一歩一歩覚えていきました。

── 初めての所長業務をやり遂げたことで、ご自身の中でどのような成長を実感しましたか?

神田:最初の現場の3〜4ヶ月は、予算固め、図面計画、各種申請手続きなどが一重に重なって、一番大変な時期でしたが、そこを乗り越えた時、自分の中で「点と点がガチッと繋がった感覚」があったんです。

福岡で必死に学んだ「工程」の回し方、名古屋で叩き込まれた「品質」へのこだわり、そして所長になって初めて触れた「お金」の管理。これらすべてが、実は独立しているのではなく、密接に絡み合っているのだと、現場のトップに立つことで初めて俯瞰して理解できました。

安全で高品質な建物をつくるための『手配』や『納まり』が頭に入っているからこそ、初めて、適切な工程やコストを組み立てることができるんです。現場全体の絶妙なバランス感覚が、一気に養われたと思います。完成して引き渡した時は、本当にほっとしましたね。

規模6.5倍の大型現場で掴みにいく、これからのテーマ

── 現在は、さらに規模を大きく拡大した新しい現場を任されているそうですね。

神田:はい、今の現場は以前の現場と比べて、面積や規模が約6.5倍もあるんです。人員体制も、副所長を含めて10名ほどのチームで動かしています。これだけの規模になると、流石に私一人だけで現場の隅々まで目を光らせることは物理的に不可能です。

だからこそ、今の現場での私の個人テーマは「マネジメント力の向上」と「部下の育成」だと考えています。これまでは職人さんやパートナーさんと直接やり取りをして現場を引っ張っていましたが、今はチームのメンバーにも意見を聞き、自分で考えてもらったうえで、ポイントを伝えて任せる。そうやって彼らを経由して現場を動かすことで、メンバーにワンランク上の仕事を経験してもらう。チーム一丸となって上に上がっていくための組織づくりに、今は一番力を入れていますね。

社内的な目標としては、この大型現場を成功させて「社内表彰」を狙っています。そしてチームとしては、メンバー全員に「この現場を経験して、これができるようになったぞ」という確かな成長をプレゼントしたいです。

── 会社自体も数年で急激に規模が拡大していますが、その中で神田さんが成長し続けられる秘訣は何でしょうか?

神田:私たちがいる環境は、一つの現場が終わって反省している暇がないくらい、次のステージへのスピード感が早いんです。前の現場での学びを、次の現場の同じような場面でやり直して改善する、というタイムラグがありません。

だからこそ私が日頃から気をつけているのは、「頭の中での落とし込み」です。実践するチャンスがすぐになくても、「あの現場は、こうすれば上手く解決できたな」「あの納まりはこうすべきだったな」という解決策の落としどころを、自分の頭の中でしっかりとシミュレーションして、忘れないように心にストックしておくんです。

そうやって常に自分をアップデートし続けることで、上の立場に上がった時にも確実な指導ができるようにならなければと、強い危機感を常に持っています。まずは約2年という歳月をかけて、この巨大な建物をみんなで無事故で完成させ、最後に関わる全員で最高に気持ちよく終わりを迎えること。今はそれだけを見つめています。

── 最後に、これから入社してくる後輩や、求職者の方へメッセージをお願いします。

神田: オープンハウス・アーキテクトには「今その人ができる業務」の枠に囚われず、常に1〜2ランク上の仕事を任せてくれるカルチャーがあります。そこが、他の建築会社との決定的な違いであり、最大の魅力です。

「すでに完璧にできる実力がある人」だけに任せるのではなく、「一生懸命やりそうだ」「がむしゃらに頑張りそうだ」という姿勢を見て、チャンスを与えてくれる。その分、背負う責任も大きくて大変ですが、自分を成長させるスピード感としては間違いなく良い環境だと思います。

特に若い子たちに伝えたいのは、まずは恐れずに手を動かして、とりあえずやってみることの大切さです。分からないことを放置してしまったり、誰かがやってくれるだろうと逃げてしまうのではなく、間違っても失敗してもいいから、まずは自分で当事者意識を持って動いてみる。そうすることで、次の新たな挑戦へと繋がっていくはずです。

圧倒的なスピードで成長したい、自分の限界に挑戦したいという前向きな方と、ぜひ一緒に働けることを楽しみにしています!

※インタビューの内容は取材時(2026年7月)のものです。